声の権利が争点に HAVEN.「I Run」騒動の全容

声の権利が争点に HAVEN_「I Run」騒動の全容

【画像】Aibrary公式Pinterest

新進気鋭の音楽プロジェクト HAVEN. が発表したデビュー曲「I Run」は、TikTokを中心に世界的な話題となりました。ところが、そのブームは長く続きませんでした。
楽曲のボーカルが「AIで生成され、特定アーティストの声に似せて作られたのではないか」という疑惑が広まり、主要ストリーミングサービスが一斉に削除する事態に発展したためです。

HAVEN.とはどのようなプロジェクトか

HAVEN.(ヘイヴン)は、イギリスの音楽プロデューサー Harrison Walker さんと Jacob Donaghue さんによるダンス/EDM系プロジェクトです。2025年秋にTikTokへティーザー動画を投稿したことをきっかけに注目を集め、デビュー曲「I Run」は瞬く間にバイラルヒットとなりました。

配信開始後は再生数が急上昇し、Spotifyのチャート上位に入り、Shazam のバイラルチャート1位を獲得。英国のシングルチャートでもトップ10入りするなど、世界的なヒットに向けて勢いをつけていました。

きっかけは「この声は誰?」という疑問

楽曲が広がるにつれ、SNSでは「ボーカルが誰なのか」という疑問が多く寄せられるようになりました。特に、女性ボーカルがR&Bシンガーの Jorja Smith(ジョルジャ・スミス)さん によく似ているという指摘が増えたことが、騒動の火種となりました。

さらに、HAVEN.の投稿にジョルジャさんの名前を思わせるハッシュタグが付けられていた時期もあり、「未発表曲では?」という噂が一気に拡散しました。ジョルジャさん本人が「私の声ではありません」と否定するコメントを出したことで、ファンの間での混乱はさらに拡大しました。

この頃にはすでに、「AIで声を変換したのでは」「意図的に似せたのでは」という推測が広がり、検証動画が多数投稿されるなど、炎上の様相を帯び始めていました。

HAVEN.が語った“AIの使い方”

疑惑を受け、HAVEN.のHarrison Walker さんは「I Run のボーカルは自分の声を元に作ったものです」と説明しました。
公表された内容は次のとおりです。

  • 自身の声を録音したうえで、複数の処理を通して女性の声へ変換した
  • 声の加工に音楽生成AI Suno を使用した
  • 特定のアーティスト名を指定して生成させたわけではなく、一般的な“ボーカルサンプル生成”の指示を入力した
  • AIは制作手法の一部であり、誰かの声を模倣する意図はなかった

つまり「AIの力を借りつつも、元となる声は人間である」という立場を示した形です。
しかし、多くのリスナーは「結果としてジョルジャさんに非常に似ている」「SNSで匂わせをしていた」と感じており、不信感を完全に拭うことはできませんでした。

ストリーミングサービスが“異例の削除対応”へ

事態が大きく動いたのは、ジョルジャ・スミスさん側の関係者が Spotify、Apple Music、YouTube などに対して削除要請を行った時です。
提示された理由には以下のようなものがありました。

  • 声の無断利用の疑い(パブリシティ権侵害の可能性)
  • AIによる「声の模倣」が商業的に使われていること
  • リスナーに誤解を与えるような投稿・宣伝が行われたこと
  • 著作権または関連権の侵害の可能性

さらに RIAA や IFPI などの権利団体も対応に乗り出し、各サービス側に強い圧力がかかる形になりました。

その結果、「I Run」は主要ストリーミングサービス上から一斉に削除され、チャートからも除外されました。TikTokでは楽曲がミュートされるケースもあり、デビュー曲としては極めて異例の措置となりました。

再アップロードを巡る攻防が続きました

HAVEN.側やレーベルは削除に異議申し立てを行い、楽曲の再アップロードも試みました。しかし各プラットフォームは、AIの悪用に対する警戒姿勢を強めており、再リリースは認められない状況が続きました。

HAVEN.側は「インディーズアーティストが大手レーベルによって不当に排除されている」と反発する一方、権利団体は「AI乱用を抑えるための必要な措置」と説明し、双方の主張は折り合っていません。

“人間ボーカル版”の「I Run」が登場

こうした混乱のなか、TikTokで「I Run」のカバーを投稿していたシンガー Kaitlin Aragon(ケイトリン・アラゴン)さん がHAVEN.に起用され、正式な人間ボーカル版「I Run」 が再レコーディングされました。

しかし、ジョルジャさん側は「AIクローンの声をベースに制作された楽曲である限り、権利問題は残る」という姿勢で、ロイヤリティの扱いなどを含め、完全解決には至っていません。

音楽業界に突きつけられた“AI時代の課題”

今回の騒動は、AI時代における音楽制作が抱える課題を浮き彫りにしました。

声の権利はどう守るべきか

AIが生成した「似ている声」は著作権だけでなく、声そのものの価値を守るパブリシティ権にも関わります。世界的に法律が追いついていない領域であり、今後の整備が求められています。

AI作品の透明性

制作にAIを使った場合、どこまで明示する必要があるのか。「AI支援」と「模倣」の線引きが曖昧なため、ユーザーが誤解しないためのルールが必要です。

大手レーベルとインディーの対立構造

AI生成技術の発展により、大手は権利保護を、インディーは創作の自由を主張する場面が増えています。今回のような衝突は今後も起こり得ます。

まとめ

HAVEN.「I Run」をめぐる騒動は、AIが音楽制作に深く入り込んだ現代ならではの問題を象徴しています。AIが新たな表現を広げる一方、声の権利や透明性、偽情報リスクといった課題も明らかになりました。
この出来事は、音楽業界がAIとどのように向き合い、どんなルールを整えていくべきかを考える重要なきっかけとなっています。

<参照元>
■ Musicman(日本語・主要ソース)
https://www.musicman.co.jp/business/702722
■ ニューズウィーク日本版(日本語)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/technology/2025/11/579429.php
■ EDM.com
https://edm.com/news/haven-i-run-removed-spotify-ai-generation-controversy/
■ Cybernews
https://cybernews.com/ai-news/i-run-haven-ai-song/
■ NBC News(US)
https://www.nbcnews.com/tech/tech-news/haven-i-run-viral-song-jorja-smith-ai-suno-spotify-tiktok-rcna184675
■ The Fader
https://www.thefader.com/2025/12/05/haven-jorja-smith-i-run-shape-music-ai-future/
■ RA(Resident Advisor)
https://ra.co/news/84110
■ Digital Music News
https://www.digitalmusicnews.com/2025/11/20/i-run-ripped-down-disqualified-from-charts/
■ Mixmag Asia
https://mixmag.asia/read/jorja-smith-label-famm-i-run-haven-ai-assisted-vocals-track-news
■ UNILAD Music
https://www.unilad.com/music/haven-i-run-ai-song-singer-jorja-smith-781237-20251122
■ HITC Pop Culture
https://www.hitc.com/en-gb/2025/11/19/who-sings-i-run-ai-conspiracy-explained/

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