AIが医師の目に。【早期胃がんを検出】理研が開発したAI画像診断システム
日本人の死因として常に上位に挙がる「がん」。なかでも胃がんは、早期発見さえできれば治る可能性が高い病気として知られています。しかし、その初期段階を見つけ出すのは専門医であっても容易ではありません。
そんな医療現場の課題に、理化学研究所(理研)と国立がん研究センターの共同チームが、AI(人工知能)技術を用いて挑みました。彼らが開発したのは、内視鏡画像から「早期胃がん」を自動的に、かつ高精度に検出するシステムです。
注目すべきは、AIの学習に必要なデータ量が驚くほど少なくて済むという点。今回は、医療×AIの最前線であるこの画期的な研究成果についてご紹介します。
【出典元】AIで早期胃がん領域の高精度検出に成功 -早期発見・領域検出で早期治療に大きく貢献-
専門医レベルの「目」を持つAIが誕生
これまで、医師が内視鏡モニターを目視で確認しながら行っていた胃がんの診断。今回開発されたシステムは、その内視鏡画像をAIが解析し、「ここにがんの疑いがある」と教えてくれるものです。
このシステムには、画像認識を得意とするディープラーニング(深層学習)技術が活用されています。具体的には、物体検出に使われる「SSD」というアルゴリズムを応用しており、以下の2点を同時に行うことができます。
- 画像の中に「がん」があるかどうかを判定する
- がんがある場合、その「正確な位置」を特定する
これにより、医師の診断を強力にサポートする「第二の目」としての役割が期待されています。
なぜ「早期胃がん」の発見は難しいのか
そもそも、なぜAIによる支援が必要なのでしょうか。それは、早期胃がん特有の「見分けにくさ」に原因があります。
進行した胃がんであれば凹凸がはっきりしており発見は容易ですが、早期の段階では以下のような特徴があり、正常な組織との区別が非常に困難です。
- 形状が平坦、もしくはわずかなくぼみしかない
- 色が周囲の粘膜とほとんど変わらない
- ただの胃炎(炎症)と見分けがつきにくい
そのため、経験豊富な熟練医であっても発見が難しく、時には見逃してしまうリスクが常にありました。AIによる自動検出は、こうしたヒューマンエラーを防ぐための切り札となるのです。
少ない画像枚数で高精度を実現した「常識破り」の学習法
通常、高精度なAIを作るためには、数万枚から数百万枚という膨大な教師データ(正解付きの画像データ)が必要です。しかし、質の高い医療画像、特に「早期胃がん」の画像を大量に集めるのは容易ではありません。
今回の研究チームは、この「データ不足」の壁を独自の工夫で乗り越えました。
データを「水増し」して賢く学習
使用した学習データは、なんと「早期胃がん画像100枚」と「正常画像100枚」のみ。AIの世界では極めて少ない枚数です。
研究チームは、これらの画像からランダムに一部分を切り出し、実質的なデータ数を増やすという手法(Data Augmentation)を採用しました。これにより、少ない元データからでも、AIにがんの特徴を効率よく学習させることに成功したのです。
驚異的な検出スピードと正解率
実際に、学習には使っていない別の画像を用いて検証を行ったところ、その性能は驚くべきものでした。
特筆すべきは「処理速度」です。画像1枚あたりわずか0.04秒で解析が完了するため、検査中にリアルタイムで医師にアラートを出すことが十分に可能です。
◆AIの検出成績
| 項目 | 結果 | 内容 |
| 陽性的中率 | 93.4% | がんがある画像を「がん」と正しく判定できた割合 |
| 陰性的中率 | 83.6% | 正常な画像を「正常」と正しく判定できた割合 |
| 処理時間 | 0.04秒 | 画像1枚あたりの解析スピード |
このように、限られた学習データでありながら、9割以上のがんを正しく見つけ出すという高い精度を達成しました。
医療現場はどう変わる?AIと医師の協力体制
この技術が実用化されれば、私たちの健康診断や医療現場は大きく変わるでしょう。
◆期待される3つのメリット
- 見逃しの防止医師の疲れや集中力に関わらず、AIが常に目を光らせてチェックするため、早期がんの見逃しを大幅に減らせます。
- 医師のスキル差をカバー経験の浅い医師でも、AIのサポートを受けることで、専門医に近い精度での診断が可能になります。
- 希少な病気への応用「少ないデータでも賢いAIが作れる」ことが証明されたため、症例数が少なくてAI化が遅れていた他の病気の診断にも応用が広がります。
まとめ
理化学研究所と国立がん研究センターによる今回の成果は、単に胃がんを見つけるだけでなく、「少量のデータで実用的な医療AIが作れる」という新たな可能性を示しました。
AIは医師に取って代わるものではなく、医師の「頼れる相棒」として、私たちの命を守るための強力なツールになろうとしています。人間とAIがタッグを組むことで、がんで命を落とす人がいない未来が、すぐそこまで来ているのかもしれません。